僕はどうにも好きになれない場所ってのがあります。
その一つが病院です。
安心を求めていく場所なのに、常に不安しか催さない。
妙に清潔で静かなところも実に不気味です。
なぜそんな話をしたかといえば。
ここ数週間は病院通いを実はしていたからです。
このご時世で病院といえば、インフルかなんかだと思いますよね。
ところがどっこい、そうではありません。
皮膚科なんです。
ことの発端は4週間ほど遡ります。
僕は右手の小指の調子がよろしくないことに気付きました。
小指の甲(手の平の反対側ですね)が少し膨らんでいるのです。
始めのうちはなんともなくて、触ったらちょっと痛いかなという程度。
いつもの手荒れの一環だろうと思って放置しておりました。
しかし、いつまで経っても治るどころか、酷くなっていく一方。
赤く腫れていたのが紫色に変色し、膿が滲み始めました。
しかも、患部が熱を持ち、少し触っただけで飛び上がるほど痛いのです。
それだけにとどまらず、膿は爪の方にまで浸食していきます。
すると、段々爪の肉がえぐれてきて、爪がガタガタになりました。
左手と比べてみても異様に腫れてるし、爪の露出度も高くなってます。
もうマキロンと絆創膏だけの適当な処置では耐えられない!
これはもうやばいんじゃないかなぁ、とたまらず皮膚科に行くことにしました。
さて、皮膚科といっても、どこに行けばいいかよくわかりません。
大学近辺は不便なので、家の近所がいいなあ。
とか考えて検索して、候補の中で唯一ホームページを持ってる皮膚科に決定。
携帯で予約とか順番待ち確認とかも出来るらしいんですよ。うひゃあ便利。
一回も使ってないですけど。
初めて行く皮膚科。
ひとりでに緊張感が高まります。
この当時は勝手にヤバイ妄想が広がって気が気でなかったです。
爪がもげるんじゃないかとか小指切断しなきゃいけないんじゃないかとか。
良くないことばかりが頭をもたげてきて大変でした。
なんとかウィキペディアの「爪」の項目を読んで気を紛らせてました。
いよいよ診療。
何言われるのかとドキドキしてたら、以下のようなことを言われました。
・爪の根っこが露出している状態で、これ以上進行すると相当ヤバイ。
・ばい菌によるものなので、放っておいても治る事はない。
・きちんとした消毒と化膿止めが必要。
・雑菌が入らないように風呂の湯船とかには患部をつけない。
・絆創膏は蒸れるから付けちゃダメ。ガーゼにしなさい。
というわけでお薬を出してもらいました。
飲み薬の化膿止めと、消毒薬として塗り薬と液体の二種類。
こんなんで良くなるのかなーとか疑問に思いまくりながら。
飲み薬は食後に適当に飲むから楽なのですが、問題は消毒です。
綿棒で塗りつけてガーゼで固定しないといけないのですけど。
僕の部屋にはちょうどそういうものが存在していませんでした。
そこで、せっかくの機会なので自室用救急箱を作ることに。
ドラッグストアでガーゼやテープ、綿棒なんかを買ってプラケースにぶち込む。
あっという間に救急箱の出来あがり!まぁ素敵!
とか調子乗ってたらビニールのテープは蒸れるからダメと怒られました。
仕方ないので紙製を買いましたが、かなり具合がいいです。
あと、飲み薬の副作用っぽいのが出て腕がしびれたので薬変えてもらいました。
しばらくすると、ホントに膿が止まり、痛みも腫れも引きました。
なんかもうこれだけで皮膚科行ってよかったなぁと思いまくりです。
そしてつい今日(正確には昨日)行ったら病気としては完治との診断。
黄色ブドウ球菌が原因菌だったそうです。
膿の影響で爪がボロボロになったので、少し様子見してからチェックするとか。
なんにせよ、毎朝爪の消毒から始まる生活から解放されました。
そのために今はとても気分がいいのです。
指に膿がたまって腫れている人たちへ。
ちゃんと消毒しないとえらい目に遭うぞ!これはマジで!
…まぁ爪が取れそうになるほど放置するのは僕くらいのものでしょうが。
おまけ。
こんな薬使ったよー。

カプセルは言わずもがな飲み薬。
写真のは副作用が出るから変えてもらった後のもの。
変えてもらう前のは一日二回でよかったけど一日三回になった。
水色のは液体の消毒薬。綿棒につけて塗りつけます。
チューブのも消毒薬。
キャップの反対側で穴開けてから使うことがわからなくてですね。
綿棒で無理矢理こじ開けたのもいい思い出です。
ついでに今の爪はこんな感じとかアップしようと思ったけど。
見て気持ちのいいもんでもないのでやめました。
なんでもありのよろずブログの割には最近ボカロ多めなので。
今日は社会問題にでも取り組んでみたいと思います。
そんな大袈裟なものでもないけど。
ほぼ日で電車に乗っている僕としてはですね。
電車というのは最早生活の一部となっているのであります。
なんせ一時間くらい乗ったりするので、そこで何をするか、大変重要です。
ですが、車内というのは自分の家ではありません。
当然他の人とかいるので、迷惑をかけたりかけられたりの問題が生じます。
この権利関係を調節するのが、いわゆる車内マナーというものです。
いろんな目に遭った人がいろんなことを言っていますね。
そこで、今回は車内マナーについて何が問題か、僕の中で整理したいと思います。
始めに断っておくと、かなり僕の私情が入っております。
ですので、マナーの一般論として適当かどうかというのは大いに怪しいです。
○乗り降り編 電車生活は待つ・乗る・降りるの三拍子で構成されます。
駅に着いた瞬間から人間どうしの闘いは始まっているのです。
『切符購入・改札・電車待ちの列に割り込む』
順番を守るというのは自由競争社会においては当然守られるべきものです。
というのも、列の前の方に行くには、それだけ早く並ぶ努力が必要だからです。
その努力もせず、自分の無理を通して割り込むのは、電車に限らず許されません。
急いでいるのは自分だけではないのですから。
『乗る人が先? 降りる人が先?』
僕は幼少時、「降りる人が先」と言われてきました。
乗り降りを同時に行うと混乱が生じる以上、どちらかに先後が出来るのは当然です。
なぜ降りる人が先なのか。
電車内には一定量しか人は入りません。
ですから、先に人に乗り込まれてはパンクしてしまいます。
また、降りるのに失敗した人はわざわざ目的地から遠い駅に行かねばなりません。
一方、乗る人は次の電車に乗れば少し遅刻はしますが、まだマシです。
降りる人を乗る人より優先することは合理的で、他者への気遣いが表れています。
それを早く乗りたい欲望に駆られて台無しにするのは、人の期待を裏切る行為です。
『奥に座った人が降りようとしたとき』
電車には、たくさん座れる長椅子と少人数用の座席があります。
後者には、窓側と通路側が存在し、奥に位置する窓側は出にくくなっています。
通路側に誰もいなかったり、降りるタイミングが同じならば問題はありません。
ところが、どうしても窓側の人が先に降りざるをえないケースも十分考えられます。
そんな時、窓側の人は「降りたい」という意思表示をするのが好ましいですね。
「すみません」と声を出すのが良いですが、ボディランゲージだけでも十分です。
何の前振れもなく、「どけ!」といきなり体当たりを仕掛けるのは見ていても不愉快。
道を空けてもらったら、「ありがとう」または軽い会釈があると気持ち良いですね。
また、通路側の人も窓側の人に気を配れるとスムーズです。
なんなら、「私、まだ降りませんから」と場所を変わるのもあり…やりすぎか。
『待合室でのマナー』
電車を待っている時にも気になることはあります。
近年は駅でも喫煙場所が限定されています。
が、そんなもん気にせずスパスパ吸いまくるオッさんは多いです。
また、せっかくある椅子を荷物置きにしちゃうのも困りますよね。
他にもありますが、後述事項とかぶるので略。
『自動改札でのマンツーマン』
自動改札には、出口入口兼用のものがあります。
どちらか専用なら問題は生じませんが、兼用はマンツーマンの危険があります。
入る人と出る人が同じ改札を通ろうとしてゴッツンコしてしまうのです。
経験ある人は多いと思うのですが…。
こういうところもスムーズに進めたいですね。
さて、どちらが先かは難しいところですが、僕は入る人を優先します。
出る人=駅に着いた人で、これから電車に乗る人より急ぐ必要がないからです。
ただ、ベストは専用改札があればそちらを使うことです。
出入りはどちらが多いか状況を見極めて使い分けることも大切ですね。
譲り合いの精神を尊重したいですね。
○席取り編 電車内には2種類の人間がいます。
席に座れる人間と座れない人間です。
始めから最後まで立ちっ放しはとても疲れますので、座りたいのが人情です。
『他の人を押しのけて座る』
人生は熾烈な椅子取りゲームとも言われます。
電車内の席取りはその縮小版です。特に朝と夕方は大変です。
極端な表現をするならば、座れるか否かで天国か地獄か決まるとも言えます。
となると、座りたいというのは電車に乗る万人の両立し得ない願いなのです。
だから、自由競争原理の下、我先にと空席に人が殺到します。
しかし、それは純粋に順番の先後によるべきです。
でなければ、暴力が肯定されると、車内秩序が大いに乱されてしまうからです。
世の中には、自分の尻の勢いに任せて他者を排斥して座ろうとする人種もいます。
ポケットの中の物を踏みつぶされるなどの弊害があるので、やめてもらいたいです。
『席を譲らない』
自由競争原理と同時に、日本は福祉社会ですから、弱者保護の要請も強いです。
なので、荷物の重い人、疲れている人、体調の悪い人に席を譲る優しさも大切です。
ご年配、手足が不自由、妊婦、子供連れ等、優先的に譲るべき対象もいますね。
自分の席に固執する気持ちはわかります。
しかし、それは所有物ではありません。一時的な借り物なのです。
ケチケチしても返さにゃならんなら、いっそ譲ってみてもいいのでは?
感謝の言葉がもらえれば、体は疲れても心は元気になれますよ。
…お礼の一言がなくても親切は親切なのですから、自信を持ちましょう。
ご夫婦や友達どうしで座りたそうな人に譲ったりするのもオススメ。
『元気な者が優先座席に座る』
議論のわかれるところです。
空いてたら座ればいいじゃん空けとくのもったいないじゃん、って人も多いです。
必要になったら譲ればいいって考え方ですね。
でも、いざそういう時にちゃんと譲れるかっていうと違いますよね。
足悪そうな人を前にどっかり優先座席に座ってる若者もよく見掛けます。
もう一つ、いざ譲る手間を考えると最初から空けとく方がいいって考え方もあります。
これを徹底すれば、人の良心に頼ることなく、必要な人に確実に席が回ります。
また、ペースメーカー着用者などを、携帯電話の電磁波から守りやすいのもメリット。
僕はどちらかというと後者の説を取ります、が…。
譲る心がないから制度で補うしかないのは寂しいですね…。
『間隔を空けて座る・2人用座席に1人ずつ座る』
これは切実な問題です。
長椅子は実は7人掛けとか言われることもあって、かなり人数座れます。
なのに、間隔を空けて座る人々がたくさんいるんです。もったいなくない?
ところが、これにはわけがあります。
人間にはパーソナルスペースという他者に入られたくない領域があります。
そこを侵されるのは不快なので、知らん者とは触れ合いたくないのは人情です。
だけど、座るか座れないかってのは体力的に大きな問題になります。
なので、他の人の座る機会を奪うことになってはいけません。
よっぽど空いてない限りは詰めて座るのがベターです。
荷物を座席に置くというのも人が座るのを妨げます。膝に置くのが無難でしょう。
その辺に置くのも通行妨害なので、網棚を活用したいですね。
座らない場合も大きなリュックはかなり邪魔です。登山に行く時は気をつけましょう。
『地べたに座る』
席が取れなかった人は座れないので立つのが定石です。
しかし、そんな時に人は楽に流れて禁じ手を使ってしまいます。
それが座席のない床に座り込む行為、いわゆるジベタリアンです。
お年頃の女の子がうんこ座りなんかしていいのかよ、と思ってしまいます。
何がダメかって、見た目が悪い、動きが鈍くて邪魔ってのがあります。
あとは目の位置が痴漢臭いところにあることとか?
でも何よりもとにかく邪魔です。邪魔なのです。
特にドアの前でうんこ座りして携帯ポチポチしてる奴。蹴っ飛ばすぞ。
私見ですが、邪魔じゃなければ別にジベタリアンでもいいと思うんです。
だから、人の出入りがある時にはスッと立ち上がって道を空ける気配りがあれば。
見た目だらしないのはどうしようもないですけど。
あと、座席に座ってても見てくれが悪い座り方ってありますよね。
ガニマタや足を組むのも度が過ぎれば迷惑ですし。
○車内編車内でどんな行動を取るか、大変クリティカルな問題です。
数十分、数時間を無駄にするか有効活用するかの分かれ目になります。
体力の回復に努めるか、作業に没頭するか、はたまた思考を巡らすか。
ですが、他の人の迷惑も考えねばなりませんよね。
『大声でしゃべる』
雑談でも議論でも相談事でも、白熱してくると声が大きくなってくるものです。
だけど、電車内は公共の空間ですから、他の人たちもいるわけです。
その中には、読書や睡眠など、外からの刺激を欲しない作業をする人もいるでしょう。
おしゃべりをするな、ということではなく、音量に気をつけましょう、ということです。
あまり大きな声で喋り過ぎると、プライベートだだ漏れですし。
「お前の話なんか知るか!」と他の人に余計な一人ツッコミをさせることにもなります。
『携帯電話を使う』
先に言っておきますと、携帯使うな、などとほざくわけではございませんよ。
今日の携帯電話の役割を考えても、これが使えないってのは大きな不利益です。
現にこの文章も電車内でポチポチと作っておるところ多いですし。
では何に気をつけるのかと言えば、やはり音だと思います。
着信音やアラームなどがけたたましく鳴るとびっくりしますしね。
通話も話し相手に聞こえやすくするために大声でやりますよね。
先述のとおり、音を立てるのは結構他の人への迷惑度が高いのです。
また、万が一ペースメーカーなどに悪影響が出たりしたら責任取れませんよね。
マナーモード+メール以外はあまりしない方が良いと思います。
余談ですが、僕は電車に乗ることが多いので、携帯は常時マナーモードです。
『ヘッドホン・イヤホンの音漏れ』
音を出す系の行動で最近問題になっているのがこれです。
とはいえ、こうやって音楽を聞くのはパーソナルスペースの創出に役立ちます。
僕も毎日利用しているので、使っちゃダメってなると困りますマジで。
ここで、音漏れする側の最低な言い訳を紹介しておきましょう。
「電車の騒音に比べれば音漏れなど小さなもの。いちいち目くじら立てる必要はない」
デシベルなどの単位を用いて説得性を高めようとしますが、騙されてはいけません。
単純な物理現象の話では、ことは解決しないからです。
電車に乗る人は、通常電車による騒音を了承した上で利用しています。
ですから、「電車の音がうるさい」などと訴訟を起こす電車利用者はいないわけです。
ところが、電車以外による雑音についてまで了承していると考えるのは無茶です。
ですから、他人のおしゃべりや音漏れは、利用者にとって予定外のものになります。
電車の音は仕方ないと諦められますが、人為的に抑えられる音なら話が違います。
更に、人は大きな音よりも小さな音の方が気になってしまうものです。
図書館の外の工事の音よりも、中のひそひそ話がどれだけ不快なことか。
ついでに音漏れするほどの音量を耳元で流し続けるのは耳にも良くありません。
ほどほどの音量で誰にも危害の及ばない音楽ライフを楽しみましょう。
『飲食をする』
電車の中で飯を食うのはあまり行儀がよいとは言えません!
かつて、日本人にとって食事シーンをよその人に見られるのは恥だとされていました。
「あの奥さん、普段は上品ぶってるけど、焼芋に大口開けてかぶりついてたわよ!」
ってな感じなのでしょう。確かに生活味あふれる行動は外でしたくないですね。
でもついついやってしまうんですよね、これが。
忙しい時は、立ち食いよりは行儀が良かろう、と座席で食事を摂ってしまいます。
ところが、食事を摂ることには咀嚼音と臭いが伴います。これが迷惑です。
誰だって目の前でクチャクチャ食べる音を聞くのは好きでないでしょう。
食べ物の臭いも、ファーストフードには強烈なものが多いので注意が必要です。
女子高生が一個チーズバーガー食うだけで、その車両はチーズ臭に満ちます。
そして食べガラを処理しなかったりするのは最悪です。
車内食事はできるだけ避け、したとしても静かにこっそり最低限にとどめたいですね。
『化粧をする』
なかなか野郎には理解できないことですが、メイクする女性は結構いますね。
朝の車内では、OLや女子高生が鏡を食い入るように見つめて眉毛を描いてます。
そういう人たちに問いたいのですが、何のために化粧をしているのでしょうか?
「ノーメイクで人前に出るのはみっともない」という答えが返ってきたら絶句します。
電車の中というのはパブリックスペースです。決して個人の部屋ではありません。
そんなところに、よく人前に出せないみっともない恰好で来られるな、と。
そして、みっともないものを誤魔化す作業なんてことをよくできるな、と。
「知らん連中だから見られてもいい」ってんなら、車内にいる全乗客に失礼です。
「みんなやってるからいいじゃん」とかいう人もいるでしょう。
では、年間三万人もの人がしている自殺も真似してよいのでしょうか?
多くの人がやっている、ということは理由にはならないのです。
ここで終わると、すごく女性に対してだけ厳しい記事になるので補足します。
何もこの論理は女性の化粧だけに限りません。
あらゆるマナーに関して、他の人がしているからやってもよいことにはなりません。
また、みっともない恰好で出るのが良くないのは男女共通です。
男でも忙しいことを理由に寝癖や無精髭を放置してよいことにはなりません。
『子供を遊ばせる』
親子でお出かけする時にも電車くらい使いますよね。
ただ、子供は一般的に大人よりもマナーへの経験値が低いです。
だから、走り回る、はしゃぐ、座席に靴で上がる、吊り革をオモチャにする…。
多少のやんちゃなら我慢できても、あんまりひどいのには堪忍袋の緒が切れます。
親の顔が見てみたい!
すると、ヤングなペアレンツだけかと思えば、実はそうでもないです。
有閑マダムたちがオホホと談笑に興じている間、チルドレンは暴走するのです。
そして、それを見て一言、「子供は元気が一番ね!」
ええ、そうですね。子供が元気であるのは大変よいことだと思いますよ。
が、子供に悪いことを悪い、我慢が必要な時もあると教えるのは親の仕事ですよね?
元気なだけの子供なら猿でも育てられます。
人間の子供を育てたいなら、元気で、かつ行儀の良い子が理想ですよね。
『ライトノベル・マンガを読む』
読んじゃダメなんて言いません。むしろ好き放題読んでください。
少し気になるのが、とってもキャピキャピした表紙をモロ出しで読んでる人です。
萌え絵を今更否定する気はございませんよ。好みは人それぞれですからね。
ただ、そういうものに嫌悪感を抱き見下す人も多いのは事実なんですよ。
そんな感性の人間が悪いのかもしれませんが、人を不快感にするのはよくないです。
ブックカバー一枚でできる気配りがあるんですから、素敵ですよね。
あと、あんまりエッチかったりするのは、おうちで読んだ方がいいと思います。
ゲームするのも好きなだけすればいいと思うんです。
音が大きかったり、熱くなりすぎさえしなければ。
でもカードゲームを床に広げるのはやめて!踏んづけちゃうよ!
『寝る』
寝ちゃダメなわけがありません。
電車内は貴重な休憩時間にもなるからです。
むしろ、無茶苦茶疲れてる時にまで制限が加わったら堅苦しくて仕方ないですね。
僕が言いたいのは、寝る時にも配慮ができたら最高ですよね、って話でござんす。
座席での横揺れは結構気になるものです。抑えられれば理想ですが…。
他の人が横揺れしている時に肩を貸してあげる度量は必要かもしれません。
いびきや歯ぎしりする人は対策グッズを常備するのもありだと思います。
周りがうるさくて寝られないからキレるのはやめましょうね。
『この人、痴漢です!』
男女ともに人生の歯車が大きく狂いかねない一言です。
痴漢の冤罪って、とてもひどいという話を聞きます。
身に覚えのない痴漢呼ばわりされて、潔白を証明しようと駅員のとこへ行きます。
すると、駅員さんは、痴漢っぽい時用のマニュアルに従って警察を呼びます。
おまわりが来たら、強制わいせつ罪かなんかで現行犯でしょっぴかれます。
何を言おうが「ちょっとムラムラしたんだよな。そうだよな」の一点張り。
この時点でへこたれて罪を認めれば、おそらく起訴までは行かず罰金でしょう。
しかし、徹底抗戦しようとすれば大変です。
刑事裁判の被告人は、世間的に見れば、ほとんど犯罪者と同義です。
会社からは見捨てられて自分のイスがなくなり、ご家族は愛想を尽かします。
しかも、裁判は手続きも面倒で、費用も馬鹿になりません。
仮に勝訴しても守れたのは自分の名誉だけ。他のものは全て失っていたのです。
こんなに悲惨なのが痴漢の冤罪なのですよ。
…っていうのを前なんかの雑誌で読んだよ!
ここまで極端なケースばかりではないかもしれませんが、有り得る話です。
混んだ車内では紛らわしい行動は取らないのが無難ですね。
もちろん、冤罪でない痴漢は女性にとってはトラウマになりうる重大問題です。
特に混雑時の女性の防御手段ってのは、ないに等しいです。
そのためにも、専用車両の果たす役割が如何に大きいかわかりますね。
以上、グダグダと述べて参りました。
できる限り網羅的に書いたつもりですが、挙げていけば問題はまだありそうです。
こんなに気をつけなきゃいけないことがあるのか!
って考えるとナーバスになっちまいますよね。
確かにマナーやルールというと、堅苦しい印象を受ける人が多いと思います。
しかし、この社会に生きているのは、自分とその愉快な仲間達だけではありません。
当然、他の人たちがいて、しかも自分と同じように好き勝手したいと思っています。
その人たちの自由に任せていては、必ずどこかで衝突することがあるでしょう。
力で解決しようなんてのは野蛮ですし、法律を持ち出すのも仰々しいです。
そこで、みんなの間でマナーが共有されていれば、どうでしょうか?
互いに害することなく、若干自由は制限されるものの、快適に過ごせるはずです。
マナーとは、人を縛るための鎖ではなく、自由を配分するための装置なのです。
住み良い社会が作れるように、気を配れたら素敵ですね。